Isamu Noguchi(イサム・ノグチ):サイクロンテーブル(φ1067×H710)をデザイナーズ家具専門店のArtchair(アートチェア)では格安かつ送料無料にて販売しています。
Artchair
Artchair Selection 【サイクロンテーブル(φ1067×H710)】
Artchair Selection【サイクロンテーブル(φ1067×H710)】
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■価格:73,800円(消費税込)
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■個数(必須)
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■色(必須)
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■送料:サービス
*沖縄・離島は別途必要
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定番品は毎月入荷
天板ブラック在庫あり。天板ホワイト在庫あり。
ご注文前に在庫をお問い合わせ下さい。
商品情報
■サイズ:φ1067×H710
梱包重量:48.5kg、2梱包
■デザイナー:イサム・ノグチ
(Isamu Noguchi)
■仕様:
【天板】プライウッド成型合板、メラミン化粧材(ブラックまたはホワイト)
【脚】ステンレスフレームポリッシュ仕上げ
【台座】スチールブラックパウダー塗装仕上
【輸入会社】E-COMFORT(イー・コンフォート)---製造元:中国
【保証について】通常の使用により機能を有さなくなったと判断される破損や破壊の場合はE-COMFORT(イー・コンフォート)が1年間保証致します。尚、ご使用における細かい傷、洗剤やクリーナーなどを使用したことによる変色、直射日光や使用期間など時間経過による変色・磨耗・劣化などは保証の対象外です。
*この商品はライセンスフリーとなったため海外で製造しているジェネリック品です。
■説明:イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブル(Cyclone Table)は螺旋状の支柱が特徴です。サイクロンテーブルのサイクロンとは、流体の旋回流によって生ずる遠心力を利用した粉塵の分離装置やインド洋に発生する発達した熱帯低気圧(台風)を意味する言葉であり、支柱のワイヤーのデザインから来ています。イサム・ノグチは脚部のワイヤーを彫刻家ならではの発想でユニークかつ造形的に表現しています。脚のワイヤーは複雑にそして美しく重なりあい魅了します。また、トップの天板と地面に接地する円盤状の台座とのプロポーションを美しく、絶妙なバランスと安定性を感じ取ることができます。四角いテーブルの場合にはテーブルを使用する人数が限定されてしまいますが、サイクロンテーブルのような丸いダイニングテーブルの場合には、椅子を詰めることで席を増やすことができます。サイクロンテーブルは機能面にも優れた丸テーブルです。
商品写真
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルのブラック
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルのブラック
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルのホワイト
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルのホワイト
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブル
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブル
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブル
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブル
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの天板のディテール
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの天板のディテール
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの台座のディテール
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの台座のディテール
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの支柱のディテール
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの支柱のディテール
イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの天板裏のディテール
▲イサム・ノグチがデザインしたサイクロンテーブルの天板裏のディテール
Isamu Noguchi (イサム・ノグチ)
Isamu Noguchi (イサム・ノグチ)
Isamu Noguchi (イサム・ノグチ) 1904年〜1988年
イサム・ノグチは日本の詩人であった父とアメリカ人の母の間に生まれました。日本とアメリカは第二次世界大戦で敵国関係にあったため、日本とアメリカの両方の血を受け継いだイサム・ノグチは生涯自らの存在意義を見出すことが人生のテーマになりました。イサム・ノグチは1917年日本で家具製造者としての教育を受け、1923年ニューヨークのコロンビア大学の医学部を一度は目指しましたが退学し、彫刻家になることを決め、ニューヨークのレオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校で新たに教育を受け直しました。1927年にはグッケンハイム奨学金でパリに渡り、彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの助手として2年間働きました。1930年頃から北京で数ヶ月過ごした後、日本を訪れ「禅の庭」を知りました。1935-36年、メキシコシティーのダウンタウンにモニュメントを制作し、1937年にニューヨークに戻りました。1941-42年収容所で過ごし、1946年にニューヨーク近代美術館の「14人のアメリカ人」展に参加しました。1951-52年、東京の慶応大学の庭園を手掛け、また広島では2つの橋を制作しました。1956-58年、ユネスコのビルの庭園、1960-65年にはエルサレム国立美術館に彫刻の庭を設計しました。1968年にはニューヨークのホイットニー美術館で回顧展が行われ、1974年にシカゴ・アート・インスティテュートの噴水をデザインしました。イサム・ノグチは庭、舞台美術、家具、照明器具、ランドスケープまでどのようなジャンル・どんな素材でも具現化できるものはすべて彫刻であると考え、様々なデザインを行いました。イサム・ノグチの和紙と竹籤を使った照明器具「あかり」シリーズも有名です。彼の作品には日系アメリカ人ならではの和洋折衷のデザインが見受けられます。札幌の「モエレ沼公園」の完成を見ることなく亡くなりましたが、人生最後の作品でもあり、壮大なスケールのランドスケープは必見の価値があります。
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